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2011年12月

2011年12月31日 (土)

’89 荒川車庫の5501

上野動物園から引き上げられたばかりの5501です。

まだ何の整備もされていません(敷地外から撮影)。

都電おもいで広場で一般公開されるまで18年とは長すぎです。

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こちらは違う日の撮影です。

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動態復活は難しいと当時から思っていました。

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最後に手持ちの古い写真を一枚掲載します(鉄道写真の通信販売で購入したものです)。昭和20年代末期の万世橋付近でしょうか。

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2011年12月30日 (金)

’98 なかなか乗れない7504(その5)

マロンは’98にも一回7504に乗車する機会がありましたが残念ながら写真はありません。以後、都電おもいで広場に展示されるまでの経過については特段追いかけておりませんので、ご了承願います。

「学園号」のヘッドマーク、バス共通カードのステッカー、無線番号の表示がされた7504です。

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おまけで同日撮影の7012(廃車済)です。

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2011年12月29日 (木)

’94 なかなか乗れない7504(その4)

今回はサークルで貸切乗車した時の写真です。定期運用のあった6152に比べて乗車チャンスがなかなか選べない7504を指定しました。

端正な形式写真です。

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7511、7029と並ぶ

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いよいよ乗車です。早稲田行きのホームから撮影。小台あたりの料亭の女将が出勤中でしょうか?

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車内の様子です(プライバシー保護のため顔に加工をしています)。

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車庫内でも撮影をさせていただきました(乗車前と記憶しております)。6152との並びです。

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同じくアングル違いです。

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7504の正面です。

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なつかしい車両に囲まれています。左は廃車済の7012と7014です(数年後に解体されました)。

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2011年12月28日 (水)

’92 なかなか乗れない7504(その3)

ワンハンドルマスコンで登場した8501が、乗務員の不評によりワンハンドルからツーハンドルに戻されるため、「ワンハンドルさよなら運行」という前代未聞のイベントが行われました。荒川車庫の出庫線には7504の姿がありました。

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出庫していきました。

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本線で折り返して

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早稲田方面に転線

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このまま早稲田へ向かうかと思ったら

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まさか入庫ですか?

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もう出てきませんでした。一体何のために本線に出たのか?

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2011年12月27日 (火)

’89 なかなか乗れない7504(その2)

ピカピカの7504です。祝日なので日の丸まで付けてもらっていますが、出番はないようです。

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2011年12月26日 (月)

’88 なかなか乗れない7504

マロンは都電荒川線在住ではないため、7504がいつ走っているのか情報が得られず、乗車チャンスが長いことありませんでした。7504はいつも荒川車庫の側線に押し込まれていました。

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6152の貸切運転時に撮影したもので、構内に立ち入ることができました。

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2011年12月25日 (日)

’98 荒川車庫の7514(その4)

荒川車庫の7514、続きです。江戸東京たてもの園に移送される前年の画像です。

何気に当時の荒川線オールスターになっています。

左から、7514、7021、8502、7513、6152です。

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左は’92廃車の7012です。展示目的に転用のためずっと残されていたのですが結局解体されてしまいました。

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2011年12月24日 (土)

’91 MERRY CHRISTMAS(大塚駅前)

クリスマスイブにちなんだ画像をお届けします。20年前のもので恐縮ですがご覧ください。

まずは7007から。

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続いて7023です。

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こちらは車番不明ですが7000形です。

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2011年12月23日 (金)

’94 荒川車庫の7514(その3)

まだ処遇の決まらない7514です。

サークルで7504の貸切を行った際、撮影しました。

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こちらは当時のサークル代表U.T氏です(顔にぼかしを入れてあります)。

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2011年12月22日 (木)

’91 荒川車庫の7514(その2)

三年後に再訪してみたところ、荒川車庫の7514が塗りなおされていました。

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保存場所が決まるまではこのあと数年を要することとなります。

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2011年12月21日 (水)

’88 荒川車庫の7514

88/12/3撮影です。江戸東京たてもの園に移設される前の7514を紹介します。屋外で倉庫代わりに使われていたため、痛みが目立ち始めてきました。

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こちらは真正面です。

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2011年12月20日 (火)

’91 萩中公園の7502(その2)

萩中公園の2年ぶりの再訪です。都電が塗りなおされました。前回はあった窓ガラス(アクリル)がほとんどすべて失われています。

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消防車も展示されていました。

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車内の様子です。誰だ!こんなところに犬をつないだのは!

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2011年12月19日 (月)

’89 萩中公園の7502

ガラクタ公園とも言います。まだ保存されてから3年しか経っていないため、状態もまずまずだった頃です。

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こちらは解説板です。

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2011年12月18日 (日)

’91 板橋交通公園の7508(その2)

二年半ぶりの再訪です。

あまり変わっていないように思えました。荒川車庫行きの終車幕かな。

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形式写真は無理なようです。柵ばかりが目立ってしまいました。

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都バスもくわしく見ていきましょうか。

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正面です。

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前輪部分のアップです。

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やはり広角系のレンズでないと柵をクリヤーできません。。

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2011年12月17日 (土)

’89 板橋交通公園の7508

この当時、都電に限らず保存車両めぐりをしていました。

私は7504以外の7500形更新車に乗る機会はなかったです。

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こちらは解説板です。

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ここには都バスも展示されていました。バスにはくわしくないので解説はできませんが、バスの展示自体珍しいですし、車型も今となっては貴重なものです。まだあるのでしょうか。

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2011年12月16日 (金)

’89 東品川公園の2012

こちらは89/4/25撮影です。「都電60年の生涯」にも出ていました。プールの更衣所として使われている、とのことでしたが、中を開放している様子はありませんでした。これもこのアングルだけです。もっと撮っておけばよかった。翌年には解体され、コントローラだけがモニュメントとして展示されたそうですが見に行っていません。

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こちらは解説版です。

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’89 大森第五小学校の2011

89/5/9撮影です。道路から見える位置でなかったので、当日訪問して許可を得て撮影しました。残念ながらこのアングル一枚しか撮影していません。車内まで見せてもらったのですが。なお、見学中ずっと職員の方に監視されていました。現存していないだけにもっとたくさん撮影していればよかったと思います。

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古い写真がありましたので追加します(鉄道写真の通信販売で購入したものです)。昭和20年代後半の中野警察署付近でしょうか。

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約40年後の同一地点の今昔対比です。この写真撮影時点からさらに20年が経過しています。

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2011年12月15日 (木)

’91 神明都電車庫跡公園(その4)

91/7/14再訪時の乙2を紹介します。

柵はやはり変わっていないような気もしてきました。屋根代わりのテントは畳まれており、何のためにあるのかわからなくなっていました。荷台の上の籠はなくなっていました。

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真横からです。

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2011年12月14日 (水)

’91 神明都電車庫跡公園(その3)

’87の大晦日に訪れた神明都電車庫跡公園の再訪です。約3年半のインターバルになりました。まずは6063から紹介します。

柵が変わったようです。柵の仕様が以前のものとほとんど同じなのでわかりにくいですが。車両の方も若干ですが修復があったように感じました。ヘッドライトは壊されたようでアクリルで塞がれていました。

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道路側からも撮影してみました。

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電話ボックスと絡めて撮影しました。

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’96 飛鳥山公園の6080(その2)

以前’88の元旦に6080を見に来たことを記しましたが、あれから8年半後に再訪しました。かなり荒れ果てていました。ホームレスが火を放ったのもこの頃だったでしようか。

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正面から。ベニヤ板が痛々しいですね。

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反対側からです。

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’92 南大塚公園の6162(その6)

前回は車内に入れなかったので、4月4日に再訪してみました。見てびっくり、というよりあきれはてました。一ヶ月半しか経っていないのに早くもドアが蹴破られています。やっぱり善意に期待するのは無理だったんだ。あれだけの手間と費用をかけたのは何だったのか。悲しくなりました。以後、ここへは行っていません。

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車内の様子です。脱力して短時間で立ち去りました。

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2011年12月13日 (火)

’92 南大塚公園の6162(その5)

ようやく完成です。職人さんたちも撤収し、きれいになりました。都電ものしり博物館と書いてありますが、特段展示らしきものは何もありません。

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道路側から。

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正面からです。

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都電ものしり博物館の標記は一体何を目論んだものなのか。

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車内は入れなかったのでアクリル越しに撮影したので、鮮明でないのはご容赦を。

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現場に出ていた案内板です。

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2011年12月12日 (月)

’92 南大塚公園の6162(その4)

お正月で工事の職人さんたちも休みなので、じっくり観察できると思い撮影しに来ました。

かなり進捗しているようです。

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正面はこんな感じです。完全なデコッパチです。

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反対側です。こちら側は尾灯もありません。

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道路側から。

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もう少しで完成です。

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2011年12月11日 (日)

’91 南大塚公園の6162(その3)

91/12/1撮影です。広報としまに南大塚公園の6162がリニューアルして都電博物館になるとの記事が出たため、様子を見に行きました。

工事が行われていたのを撮影しました。屋根がつきました。方向幕も修繕されるようです。

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角度を変えて道路側から。

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反対から斜めに見る。窓にマスキングがされているので塗装もやり直すようです。

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2011年12月10日 (土)

’91 南大塚公園の6162(その2)

91/7/13撮影です。今回から画像に日付を入れるようにしました。

88/5/8訪問時から3年後に再訪してみると、破損が進んでいました。これは故意的な破壊と言ってよいでしょう。系統番号受けがなくなり、ドアが蹴破られ、窓のアクリルも破られました。こういう人の目が届かないところでの展示はそもそも無理があるのではないでしょうか。

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正面の様子です。

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破られた窓からカメラを入れて車内を撮影しました。

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コントローラ越しに車内の様子です。

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2011年12月 9日 (金)

’88 南大塚公園の6162

88/5/8撮影の6162を紹介します。

荒川線以外の都電保存車という意味では貴重な存在ですが、なぜか青帯になっています。

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2011年12月 8日 (木)

’88 6152貸切

88/12/3撮影、某鉄道趣味団体による貸切です。

7505との並びです。

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こちらは7015、7012との並びです。

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形式写真です。

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サイドビューです。

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奥側から道路側に向かって撮影。

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同好の士(同業者とも言う)が写っています。

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貸切車の横サボです。

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6152の制御器です。

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まず三ノ輪橋まで乗車しました。折り返し時間を利用して撮影です。同乗してきた会員が写っています。

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折り返しのポイントへ向かいます。

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真正面から。少々ピンボケです。

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早稲田まで乗車し、解散となりました。早稲田は撮影には不向きです。

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2011年12月 7日 (水)

’88 6152復活

88/10/1撮影分です。九月中は装飾をつけていた6152がこの日は装飾なしで走るということで撮影に行きました。

荒川車庫、出発前の情景です。7022の色合いが今と違うことがわかります。

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真正面から。

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新庚申塚、変電所前の石畳軌道。

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飛鳥山の歩道橋から。水森かおりの「飛鳥坂」をBGMにしてご覧ください。

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反対方向を見る。

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同じ場所です。

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宮ノ前付近です。気に入っている構図です。

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こちらも宮ノ前です。

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2011年12月 6日 (火)

都電ギャラリー’88

88/9/21撮影です。検索をかけても全くヒットしないのでネット初公開かもしれません。デジカメの普及するはるか前なのでスキャンするのが手間なのかな。

荒川車庫の様子からスタートです。

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出発式の模様です。テープカットが行われました。

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続いて花束贈呈。渡している女性三人の素性は不明です。

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記念撮影です。

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ヘッドマークはこんな感じです。

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三ノ輪橋まで乗車、折り返し中に撮影しました。

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定番の学習院下~面影橋で撮影。

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飛鳥山の歩道橋からも撮影しました。

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形式写真風に押さえておきました。

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2011年12月 5日 (月)

’88の都電荒川線(大塚駅前)

88/5/8撮影です。

何の変哲もない風景にみえますが、ここがこれから大きく変わります。豊島区のHPを参照していただければわかりますが、大塚駅南口地下に自転車駐車場が建設され、駅前広場の配置も大幅に変わります。都バスとタクシーが都電をまたいでループしていたのが見られなくなります。テツとしては景観の変化が撮影環境に与える影響です。JRも駅ビルを計画しており、2箇所に設けられる自転車駐車場とあいまって、撮影に不向きな場所になるおそれもあります。今のうちに大塚駅前の都電を存分に撮影したほうがよいかもしれません。

駅前広場をゆっくり通過する7021です。

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都バスの停留所の様子です。三菱銀行、なつかし~。

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都バスの車型については素人ですが、当時の都バスです。

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2011年12月 4日 (日)

’88 飛鳥山公園の6080

88/1/1撮影の6080です。羽深式という大型方向幕がついています。荒川車庫の6086も同様のタイプです。これは6000形の中ではむしろ少数派です。大部分は神明都電車庫跡公園の6063のような小さい方向幕です。

当時は屋根がありませんでした。まだまだ状態がよかった頃ですね。後年、ホームレスが車内で暖を取るため焚き火をしたため、床が抜け落ちるという災難に遭うことになるのですが。

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もう一枚、真横からのショットです。

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’87 神明都電車庫跡公園(その2)

87/12/31撮影の神明都電車庫跡公園の続きです。もう1両の保存車乙2を紹介します。

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反対側から斜めのアングルです。ヘッドライトはありません。側面のアオリ戸がだらしなく下がっているのは直してほしいところ。

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サイドビューです。この屋根では雨よけになっていません。

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真正面から撮ってみました。

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懲役?年という感じですね。

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シンプルな運転台も撮影。コンパクトカメラ(オリンパスXA)なので、ファインダーと実際に写る画像にズレがあります。これは近距離になるほど甚だしくなります。柵の間にカメラをくっつけるように撮影しましたが、実際に写る範囲は違うので、お見苦しい画像ですがご容赦ください。「きけんのぼるな」とあるということは、以前柵がなかった時期があったのでしょうか。

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ビューゲルは荷台に置いてあります。これは直してほしいとずっと思っていましたが、本来のヤグラの上は、老朽化のため落下の危険があるため設置できないとあとで知りました。

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こちらは荷台の様子。よくわからないカゴみたいなものが置いてありました。意味はあるのかな。

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’87 神明都電車庫跡公園

87/12/31撮影です。大晦日に何やってんだか、と思います。この場所は最初はなかなか行きづらいのではないでしょうか。都バスの上58系統に乗り、本駒込四丁目というバス停のすぐ前です。

バス停を降りたところにある文京区立勤労福祉会館から奥のほうに都電が見えてきます。

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ここは「神明都電車庫跡公園」といい、神明町車庫の跡地につくられた公園です。福祉会館と図書館もあります。

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では、早速ここに置いてある車両を舐めるように見てまいりましょう。

車両は乙2と6063がこんな感じで並んで置かれています。

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車両は檻の中に入っています。破損したテントのような屋根がありますが、乙2の側だけであり、6063の側はそもそも屋根をつけなかったのでしょうか。

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6063のサイドビューです。今は遊具の配置も変わったようです。

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6063を角度を変えて見ていきましょう。

懲役?年の服役中です。脱獄侵入しないようにフェンスの上端がとがっています。冗談はさておいて、真正面の様子です。方向幕や窓に破損がありますが、塗装は現役当時のものに見えました。

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道路側の側面も少し入れて撮ってみました。

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斜めからの定番アングルで。空が黄色いのは黄昏時だからではなく、ネガの劣化によるものです。なぜかフィルム全コマでなく、コマ単位で現れたりそうでなかったりするようです。

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反対側からはこんな感じです。

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乙2については、別記事にて紹介いたします。

2011年12月 3日 (土)

’88の都電荒川線(学習院下~面影橋)

88/1/1、α7000の初使用時の画像です。

まずは定番のサンシャインをバックにした構図、ここを選んだのは「王電・都電・荒川線」の表紙写真に触発されたのだと思います。ただ、時間の選択から間違っています。ここは午前中は電車に建物の影がかかってダメなんですね。今では見られない車号や形態もあったりしますので、見てやってください。

7503ですが、完全に影に入っちゃってます。

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手前が7506、奥の7500形は車番が読み取れません。

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非冷房のまま廃車になった7011です。市川市内の都営地下鉄新宿線の大和田換気塔脇に保存されています。

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7009です。豊橋鉄道市内線に移籍しました。

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7513です。正面に日が当たっているのはいいのですが、今度は正面が露出オーバーに。難しいものですね。

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7024の後追いです。今度はサンシャインが霞んできちゃいました。

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現行塗装の7023です。当時はもちろん「新塗装」と呼んでいましたが。

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「新塗装」の7019です。

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7520(手前)と7513(奥)です。

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7513(手前)と7520(奥)です。

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今度は反対側の面影橋方向へカメラを向けてみました。はっきり言って好きな場所ではありません。建物の影がかかっている時間帯が長く、よほどの必要性がなければ他の場所で撮影すると思います。この画像を見るときのBGMはもちろんNSPの「面影橋」ですよ。ちょっと女々しい感じがする歌ですが、天野滋氏の才能を感じます。合掌。

五木ひろしも「面影橋」という歌があるんですね。歌詞の中に、病気になった人を見舞うのに、300円持って近所のすし屋に行く、みたいなのがあって時代を感じました。

あと、吉田拓郎(よしだたくろう、と言ったほうがよいか)の「面影橋から」という曲もありますが、ファンの方には申し訳ありませんが駄作だと思います。

写真は7011です。

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こちらは先ほども出てきた7009です。

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’88の都電荒川線(鬼子母神前~学習院下)

88/1/1撮影分です。

まずは西島三重子でおなじみの千登世(小)橋から。道路と道路の交差部が千登世橋、目白通りが都電を越える部分には「小」がつきます。歌の方はなぜか「千登勢橋」の表記なんですよね。やはり西島三重子の「目白通り」という歌とあわせて、当記事を読む際のBGMにお勧めです。

早稲田へ急ぐ7006です(単にブレているだけとも言う(*´v゚*)ゞ)。

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陸橋の上から7503です。

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陸橋をくぐってやってきた7503です。

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同一地点で7012です。

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’88の都電荒川線(王子駅前)

88/1/1、元旦の撮影です。

王子駅前の歩道橋から7501と7030です。この時点で7000形は全車、7500形も7506がパンタの試験中であった以外は全車ビューゲルでした。このあと急速にパンタ化が推進され、’92に7012と7014が廃車となったことで、ビューゲル装備は6152と7504だけになるわけです。

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同一地点で7513と7013です。

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2011年12月 2日 (金)

’88の都電荒川線(雑司ヶ谷~鬼子母神前)

88/1/1撮影です。一眼レフ(ミノルタα7000)を前年12月に購入し、実質的に試写となった際の画像です。

ビューゲル時代の7512です。元のネガは構図に傾きがあったので修整しました。300mm相当の望遠レンズ(シグマ)で撮影しました。

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7012です。この車両は7014とともに非冷房・黄色のまま’92に廃車となりました。

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7501のアップです。運転席のところにマロン(筆者)の顔面の一部メガネとその周囲の前髪が写りこんでいます。一眼レフの特性なのでしょうか。ファインダーから入った光がフィルムに像を結んだのか。どちらにしろ心霊写真みたいで気味悪いです。

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7024の後追いです。

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7011です。

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そして7009です。一眼レフデビュー、というよりも望遠レンズを使うのが初めてだったので、構図がなかなか安定しなかったことを思い出します。ファインダーの中の都電がグラグラ揺れて大変でした。

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都電ギャラリー’87(その3)

87/9/23撮影の都電ギャラリー’87ですが、少々物足りなかったのでカット違いのコマを掲載します。

荒川車庫で運転手さんがポーズ。

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出発前のひととき。真ん中が7019、右が7512です。そのうしろの非冷房7000形2両の車番は読み取れませんでした。

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7019と並ぶ。

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運転手さんがやってきました。いや、右の7512に乗務なのかも。

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今度こそ出発です。高床ホームになったためステップを鉄板で埋めちゃっているので乗り込むのは大変でしょうね。

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いきなり三ノ輪橋です。電車は出庫して早稲田へ向かったのに反対に来たのは、早稲田では足回りが隠れてうまく撮影できないと踏んだからでしょう。自分でもよく覚えていませんが。今なら途中でも何カットも稼ごうとするでしょうが、当時は一枚ずつ大切に撮影していました。フィルム代、現像料、プリント代がかかりますからね。

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もう一枚、三ノ輪橋で撮影した写真を掲載します。

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王子駅前のホームで乗客整理の係員さん。「シャコまでの方お乗りください。」なんて言ってるのかな。

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宮ノ前にて。道幅が狭いです。

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2011年12月 1日 (木)

’85の都電荒川線(早稲田)

85/8/26撮影、一枚だけです。

折り返し待機中の7031です。電停のリニューアル前の様子がお分かりでしょうか。

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’85の都電荒川線(荒川二丁目~荒川七丁目)

85/8/26撮影です。荒川区立荒川文化館で開催中の企画展「都電荒川線に乗って」を見に行って、この区間が線路を付け替えられていたことを知りました。

まずは7501から。

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続いて7006です。

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そして7520です。

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’85の都電荒川線(王子駅前その2)

85/8/26撮影分の続き、王子駅前です。

まずは7006から。

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続いて7003です。東京都の清掃自動車はイチョウマークをつけていました。

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そして7024です。京浜東北線のスカイブルー103系もなつかしいです。

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