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2012年4月

2012年4月30日 (月)

交通博物館、江戸東京博物館、逓信総合博物館など

東京には都電の博物館がありません。交通博物館、地下鉄博物館はあっても路面電車のまとまった展示は見ることが出来ません。

交通博物館においても路面電車の展示はほとんどなく、さびしい限りでした。

期間限定の展示で見ることが出来たのがこの系統板です。

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数少ない常設展示のトロリーポールです。N電か京福電鉄のものと思われます。

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こちらはN電の台車です。

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江戸東京博物館も路面電車には冷淡な博物館です。明治以降の東京の町並みに欠かせない存在であった路面電車については全く解説が見られません。

解説の一文くらいほしいところです。

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昭和40年代によく見かけた電話ボックスです。逓信総合博物館にあります。外から内側が見えにくいため浮浪者の住処になることもあり、昭和50年頃には透明ガラス張りの現行タイプに取って代わられました。

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Nゲージショウでおなじみの銀座松屋の地下入口手前にある共同溝の覗き窓です。銀座通りから都電を撤去したときレールを土留めに再利用しているそうです。覗いてもよくわかりませんが参考に紹介しました。

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2012年4月29日 (日)

都電の工事看板

江戸川橋で見かけた都電の絵です。

工事現場の仮囲いに描かれていたもので、工事か終わると撤去されてしまうには惜しいようないい絵でした。ここには15番と39番の都電が走っていました。

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2012年4月28日 (土)

’91 路面電車型カフェ

街角で見かけた路面電車型カフェです。

二子玉川にて。クレープ屋さんでしょうか。サンフランシスコのケーブルカーなのかヨーロッパのトラムなのか。

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こちらは六本木にて。アメリカのストリートカーのイメージでしょうか。

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2012年4月27日 (金)

電停標識(本物)

こちらは本物の電停標識です。

荒川線で最後まで残っていたのが新庚申塚の一枚でした。

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こちらは神楽坂の居酒屋の店先で見かけた電停標識です。

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2012年4月26日 (木)

電停標識のレプリカ

電停標識を模したレプリカとでも称すべきものを都内の何箇所かで見かけました。

何かの工事の際に撤去されることもあり、減少傾向にあるので、見かけたら撮影しておくことをお勧めします。

「神田錦町三丁目」

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「虎ノ門一丁目」

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飯田橋にあった東京都青少年センター(テレコムセンターへ移転後廃止)より。

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2012年4月25日 (水)

’94 都電の架線柱(数寄屋橋、日比谷)

都電の廃止後も信号柱と共用されていたなどの事情で架線柱が残っていた場合もありました。

こちらは数寄屋橋にあった架線柱です。

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こちらはガードの反対側、日比谷の電停があった周辺です。

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かつて青梅街道の14系統が走っていた沿線の新高円寺駅前には鉄骨製の架線柱が信号柱として昭和50年頃まで残っていました(写真は笹塚あたりで見つけたもので都電の架線柱ではありません)。

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2012年4月24日 (火)

’94,’96 電停ウォッチング(早稲田 その3)

リニューアル工事の完成直後の様子です。

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早くも放置自転車がぎっしり。なかなかきれいに使ってはもらえません。

道路の中央をここまで占有できるのなら、条件は一緒なのですから江戸川橋まで復活してほしいところです。

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地下鉄のホーム並みにきれいになりました。なお、この7021は豊橋鉄道豊橋市内線3504になりました。

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こちらは終端側を見たところです。

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これは駅名表示。非常に立派です。

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沿線案内です。

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2012年4月23日 (月)

’94 電停ウォッチング(早稲田 その2)

ホーム嵩上げ、屋根の改修中の早稲田電停です。

この改修工事によって現在の姿になりました。

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まだ電停名も表示されていません。

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乗車ホーム側が若干広いようです。

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工事のお知らせです。

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2012年4月22日 (日)

’90,’93 電停ウォッチング(早稲田)

早稲田の降車ホームが狭すぎたので改良工事が行われました。

こちらは改修前の様子です。

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改修工事のお知らせです。

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このように降車、乗車ホームが同じ幅になりました。電停脇の協和銀行はこの頃あさひ銀行に変わっていました。

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軌道移設により広くなった降車ホーム。

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本格的なリニューアル工事はさらに翌年まで待つことになります。

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2012年4月21日 (土)

’96,’97 電停ウォッチング(鬼子母神前~学習院下)

千登世橋からの風景です。

鬼子母神前の方向を見たところですが、こんなに緑があったのですね。

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現在は石垣も半分くらい崩されてしまいました。

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よく読めなくなっていますが、千登世橋の由来が書いてありました。

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坂を下り千登世小橋をくぐろうとする8501。

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学習院下寄りは道路工事の影響を受けないと思っていましたが、環5の1地下道路の建設工事の事業範囲に含まれたため、ここも風情が失われることになりそうです。

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坂を上り鬼子母神前へ向かう7515。

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同じ場所から7010。

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こちら側の風景が道路工事でどう変わるのでしょうか。車両は8502です。

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昭和20年代後半と思われる学習院下の写真。鉄道写真の通信販売で購入しました。

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2012年4月20日 (金)

’96,’97 電停ウォッチング(鬼子母神前)

今では撮影当時の面影もなくなった鬼子母神前界隈です。

このようなのどかな風景はもう見られません。

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左側の家屋と踏切は今はありません。

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上の写真の踏切から撮影。今はこの場所からの撮影は不可能です。

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こんな看板が出ていました。

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2012年4月19日 (木)

’89,’96,’97 電停ウォッチング(雑司ヶ谷~鬼子母神前)

今では立ちのきが完了した雑司ヶ谷~鬼子母神前間です。

向こう側が雑司ヶ谷電停ですが、両側の家屋はもう何もありません。

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こちらは鬼子母神前方向を見たところです。やはり両側の家屋はなくりました。

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「水もれ甲介」のガードですが、今は閉鎖されています。

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ガードを渡り早稲田へ向かう7001。

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この場所は今ではサンシャインの右側に同じくらいの量感で高層マンションが写りこみ絵になりません。

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ガレージの出し入れ専用の踏切がありました。この家ももうありません。

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個人専用踏切を通過する7008。

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このように、この家に出入りするのには踏切が必要です。

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2012年4月18日 (水)

’97 電停ウォッチング(東池袋四丁目~雑司ヶ谷~鬼子母神前)

東池袋四丁目~鬼子母神前も大きく変わりました。いずれ、都電荒川線のほとんどの区間で、両側に道路が張り付くようになることでしょう。

今日はサンシャイン60展望室からの写真を掲載します。

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2012年4月17日 (火)

’96 電停ウォッチング(雑司ヶ谷)

東池袋四丁目~雑司ヶ谷間も道路計画があるのですが、立ちのきはごく一部しか行われていません。しかし、いずれは線路の両側の家屋もなくなることでしょう。

「試運転」の幕を出した8502です。

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三ノ輪橋行きの7008です。

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手前はツーマン時代の低いホームです。左右の建物はなくなりました。

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雑司ヶ谷~鬼子母神前間の踏切より。今もサンシャイン60は見えますが、隣接地に高層マンションが建ち、サンシャインよりも目立ちすぎて絵になりません。なお、両側の家々はすべてなくなりました。

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2012年4月16日 (月)

’97 電停ウォッチング(東池袋四丁目 その3)

サンシャイン60の展望室からの眺めです。

道路計画のための立ちのきが始まる前なので、線路際まで家屋が立ち並んでいます。

最初の二枚は向原電停を中心に収めました。

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次は向原~東池袋四丁目間です。

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下の二枚は東池袋四丁目電停を中心に撮影、吉野家が見つけられますでしょうか。

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2012年4月15日 (日)

’96 電停ウォッチング(東池袋四丁目 その2)

今では見られない電停の標識です。

吉野家が隣接している早稲田方面のりばです。

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日の出通りをはさんだ反対側、首都高の下にある三ノ輪橋方面のりばです。

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東池袋四丁目~雑司ヶ谷間にある第四種踏切です。

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2012年4月14日 (土)

’90,’96 電停ウォッチング(東池袋四丁目)

電停の横に吉野家と都バスの折り返し場があった頃です。

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2012年4月13日 (金)

’96 電停ウォッチング(向原)

向原から千登勢橋までの間は道路計画があり、風景が大幅に変わることが予想されたので、記録を行いました。

今は線路の両側の家屋がほとんど立ちのいて空き地が広がっています。電停も移設される予定です。

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向原~東池袋四丁目間は現在家屋の立ちのきが進行中です。

こんなのどかな風景は二度と見られません。方向幕が白紙のめずらしい8502です。

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2012年4月12日 (木)

’91 電停ウォッチング(大塚駅前)

今日は大塚駅前~向原間の線路際にある大塚台公園にあるC58407の紹介です。首都圏のSLはいわゆるSLブームの前に消えたので、首都圏に保存されているSLは保存地にゆかりのないものばかりです。

このC58407も松前線、江差線で使用されていた北海道タイプの車両です。

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2012年4月11日 (水)

’90,’92,’94 電停ウォッチング(大塚駅前)

ガード下の暗い電停だったのが地下鉄並みの明るいプラットホームに改装されました。

当時の大塚駅のこじんまりとした駅舎です。右端に改装中の大塚駅前電停が見えます。

住友銀行もなつかしい。

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巣鴨寄りにあるガードです。昔の電停はこんな感じでした。

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リニューアル後の電停を南口側から見る。

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アスファルトが剥がされ、専用軌道の趣きになりました。

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こちらは北口側から見たところです。

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都電グッズを販売しているペンギン堂雑貨店。北口にあります。

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2012年4月10日 (火)

’94,’96 電停ウォッチング(巣鴨新田)

90年代半ば、電停のホーム嵩上げと屋根の取替え工事が進行中でした。

工事中の早稲田方面のりば。

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こちらは工事中の三ノ輪橋方面のりば。

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完成後です。ホームが今の高さになりました。

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手前はツーマン時代の高さ、石畳が残っています。

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2012年4月 9日 (月)

’96 電停ウォッチング(西ヶ原四丁目)

今日は西ヶ原四丁目です。

東京外語大学(ゴダイゴのタケカワユキヒデが通っていた)がありましたが、すでに移転しました。

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ゼブラのついた信号機がめずらしいです。昔はみんなこれでした。なぜゼブラをなくしたのか。車両は7501です。

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車両は7002です。

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2012年4月 8日 (日)

’93,’96 電停ウォッチング(飛鳥山 その2)

首都高王子線の建設工事の影響で歩道橋が切り替えられ、交番も向かい側に移設されていました。

歩道橋から見た7018です。

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7000形のクーラーです。

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飛鳥山から併用軌道に入る7005。

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道路はガタガタです。都電は7017、左の都バスは茶51系統、方向幕は「駒込駅・王子駅」です。

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飛鳥山へ進入する7002。景観を守っているつもりなのか、わざとらしいハリボテとログハウス。

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飛鳥山公園にはD51853(準戦時型)が保存されています。のちにプラットホームは撤去され、屋根がつきました。

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2012年4月 7日 (土)

’93,’96 電停ウォッチング(飛鳥山)

飛鳥山の電停を見てみましょう。

プラットホーム三段活用!手前からツーマン時代の低いホーム、ワンマン化後の嵩上げされたホーム、一番奥が現在使用中の再嵩上げされたホームです。

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このように石畳が残っていました。

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電停の時計付標識、これは便利でした。撤去してしまったのは残念です。

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正面の飛鳥山公園は首都高王子線の地下トンネル建設のため長期間仮囲いが設けられていました。美観を保とうとする工夫なのでしょうが、USJのアトラクションのようなハリボテはいただけません。

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ホームをすみかとするネコたち。

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こちらは飼い猫かな。首輪をつけています。

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2012年4月 6日 (金)

’96 電停ウォッチング(王子駅前 その3)

首都高王子線の工事が進行中で、変わりつつある王子駅周辺を記録しておきました。

王子駅の勝手口、とでも呼びたくなるようなひっそりした南口です。

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紙の博物館わきのテニスコートが使用中止となっていました。

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閉鎖されたテニスコート脇を行く7000形。

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石神井川の橋梁?暗渠となっているのは分水路でしょうか。

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この石神井川の上に首都高が被さるように建設されました。これはその建設前夜の風景です。

川の上に高速道路をつくるということをいつまで続けるのでしょうか。

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2012年4月 5日 (木)

’90,’96 電停ウォッチング(王子駅前 その2)

王子駅前のわきにあった紙の博物館です。

もう移転間近で取り壊される前にと思って撮影しました。

下で紹介するナローのSLは取り壊しに先立って撤去され、もうありませんでした。

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首都高の工事のためでしょうか、脇にあったテニスコートももう使用中止になっていました。

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紙の博物館前庭に保存されていたナローのSLと客車です。

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2012年4月 4日 (水)

’96 電停ウォッチング(王子駅前)

今日はリニューアルされた王子駅前電停です。

左の石神井川は長期間に渡り工事中で、資材置き場になっていました。

左が7516、右が7510です。

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7003と209系京浜東北線です。

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7029です。

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地下鉄の駅並みに新しくなったホームに滑り込む7023。

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7512です。背後の東京三菱銀行、富士銀行、三和銀行、日動火災…。すべて名称が変わりました。

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北とぴあの展望室にも上がってみました。飛鳥山公園の展望タワーがなくなった後も、角度は違いますが都電を見下ろすことが出来ます。

王子駅前電停には8500形が停車中。飛鳥坂を上るのは7000形です。

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王子駅に停車する209系と王子駅前電停に停車する8500形です。

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飛鳥坂を上る8500形。

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2012年4月 3日 (火)

’91,’96 電停ウォッチング(小台)

軌道内通行可…この標識もめずらしいものになりつつあります。

写真では双方向ののりばが相対していますが、現在は三ノ輪橋方面のりばが移設されています。

これは右折車に支障となるためです。

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電停の標識です。三ノ輪橋方面のりば。

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早稲田方面のりば。

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2012年4月 2日 (月)

’91,’92,’96 電停ウォッチング(宮ノ前)

センターポール化以前の宮ノ前です。

早稲田方面のりばです。

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旧タイプの標識は置き換えが急速に進み消滅間近でした。

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「貸切車」の方向幕を掲げた7005に遭遇。ここから道幅が狭くなり、軌道内乗入可となっていました。

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このように道幅が狭く、拡張工事完成まで長期間を要しました。今は宮ノ前~小台の一区間だけセンターポールになっています。

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三ノ輪橋方面のりばの標識です。

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2012年4月 1日 (日)

’96,’98 電停ウォッチング(町屋駅前 その3)

今度は三ノ輪橋方面のりばを見てみましょう。

電停の標識です。

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電停の幅は狭かったです。

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Smokin’ Clean…これには悩まされました。たばこの問題点は周囲の吸わない人が気をつかわなければならないこと。たばこが洋服に触れないか常に気を配らなくてはならないし、行列中は風下であろうと順番を確保するためにじっと煙に耐えなくてはなりません。

電停から灰皿が一掃されてほっとしているところです。

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灰皿があると喫煙を促進する作用があることから、Smokin’ Cleanとは単にJTのたばこ消費促進策にすぎなかったことは明白です。

この「北西へ約○○米」という案内ですが、地図がないので方角がわからず実用性はなかったのではないでしょうか。

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電停の時刻表です。

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移設後の三ノ輪橋方面のりばです。早稲田方面のりばと向き合うようになりました。

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三ノ輪橋方面のりばの撤去された跡を見てみましょう。自転車に乗っているのはJKかな、それともJCかな。

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