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2013年5月

2013年5月31日 (金)

’91 東急電鉄(東横線 その2)

代官山を出てすぐ地下線に潜るようになりましたが、代官山駅の二十年以上前の記録です(91/8/25撮影)。

代官山駅を跨ぐ人道橋から撮影。

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東横線のヌシであった7000系のさよならイベント列車終了後の入庫回送列車です。

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2013年5月30日 (木)

’89,’91 東急電鉄(東横線)

いつの間にか東急電鉄と呼ぶようになったのでしょうか。「東急」または「東京急行」という呼び方だったと思うのですが。

代官山駅の改良工事(トンネル内にホームを延長する)のため、渋谷よりに移転していた時期がありました(89/3/21撮影)。

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代官山の仮駅が元の場所に戻った後、仮駅のあった場所で撮影しました(以下、91/8/25撮影)。

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看板の左に仮駅舎がありました。

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2013年5月29日 (水)

’88,’91 京浜急行(保存車)

保存車2題を紹介します。

大師線で走っていた京急230形デハ268。新宿区西落合にあるホビーセンターカトーにて(88/5/6撮影)。

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川口市文化センターの一角に保存されているデハ236(以下、91/9/23撮影)。

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2013年5月28日 (火)

’90,’92 京浜急行(大師線 その2)

大師線の終点、小島新田から先に延びていた廃線区間を歩きました。

小島新田駅に停車中の700形(92/12/15撮影)。

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簡素な小島新田駅の駅舎(90/9/22撮影)。

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川崎貨物駅を跨ぐ陸橋の階段から小島新田駅を見下ろす(92/12/15撮影)。

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川崎貨物駅の案内図(90/9/22撮影)。

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大師線の廃線跡上空には高圧線があり、鉄塔が立っていました(92/12/15撮影)。

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塩浜駅の跡地である塩浜交差点(92/12/15撮影)。

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川崎市営バスの塩浜バス停(92/12/15撮影)。

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2013年5月27日 (月)

’90,’92 京浜急行(大師線)

もうひとつのローカル線、大師線です。

京急川崎にて(92/12/15撮影)。

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700形の側面方向幕。京急川崎にて(92/12/15撮影)。

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走行中の前面展望。鈴木町付近(?)にて(92/12/15撮影)。

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京急発祥の地の記念碑。川崎大師駅前にて(90/9/22撮影)。

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産業道路の踏切にて(90/9/22撮影)。

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2013年5月26日 (日)

’90 京浜急行(空港線 その3)

空港連絡輸送としてはあまり機能していなかったと言われる旧羽田空港駅です(90/4/27撮影)。

旧羽田空港駅に停車する800形3連。

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こちらは終端側から京急蒲田方向を見たところです。

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旧羽田空港駅の車止め。

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私の見たところでは、空港への連絡機能を果たしているように思えました。

マイクロバスではなく、普通の路線バスでした。

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不便な思いをしながらも、こんなにたくさんの人がバスに乗ろうとしています。

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2013年5月25日 (土)

’90,’91 京浜急行(空港線 その2)

京急空港線は一時期、穴守稲荷が終点になっていました。これは、旧羽田空港駅を廃止し、空港ターミナルへ地下線を建設するためです。

大鳥居の環八踏切にて(91/7/14撮影)。

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車止めが設置された穴守稲荷駅にて(91/7/14撮影)。

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穴守稲荷~旧羽田空港間は単線になっており、留置線がありました(90/4/27撮影)。

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穴守稲荷~旧羽田空港間の単線区間にて(90/4/27撮影)。

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2013年5月24日 (金)

’91,’93,’94 京浜急行(空港線)

空港連絡輸送にはほとんど使われておらず、のんびりしたローカル線だった時代です。

狐のマスコットがある京急蒲田駅の空港線ホームにて(91/7/14撮影)。

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京急蒲田駅の空港線ホームにて(91/7/14撮影)。

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京急蒲田駅の空港線ホームにて(93/4/7撮影)。

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京急蒲田駅を出てすぐ第一京浜国道を渡ります(94/4/27撮影)。

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第一京浜国道(箱根駅伝のランナーはここが鬼門だった)を渡ります(94/4/27撮影)。

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有名な七辻通り(94/4/27撮影)。

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2013年5月23日 (木)

’88,’90 京浜急行(本線)

高架化の進む京急本線です。

山手電車区の一般公開に行く途上で撮影しました。品川~北品川間の八ツ山橋の踏切にて(88/3/27撮影)。

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JRをオーバークロスする鉄橋を渡る。品川~北品川間にて(90/11/18撮影)。

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高架化直前の立会川にて(90/10/2撮影)。

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上り線はすでに高架化され、下りのみ地上線を走る。高架化直前の立会川にて(90/10/2撮影)。

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2013年5月22日 (水)

’89,’90,’97 東京モノレール

時計回りに首都圏を走る私鉄を紹介していきます。まず最初は東京モノレールです。

田町駅の近くです。浜松町~天王洲アイル間にて(97/5/5撮影)。

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芝浦運河に沿って。この辺りに駅があってもおかしくないのですが。浜松町~大井競馬場前間にて(89/9/12撮影)。

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芝浦アイランドとして開発された辺りです。浜松町~天王洲アイル間にて(97/5/5撮影)。

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昭和島にて(90/4/25撮影)。

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500形は国鉄101系と同じ音がしました。昭和島にて(90/4/25撮影)。

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ここから羽田までは単線区間になり、地下に潜ります。羽田整備場~羽田間にて(90/4/27撮影)。

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羽田整備場~羽田間にて(90/4/27撮影)。

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延伸工事のお知らせ(90/4/25撮影)。

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2013年5月21日 (火)

’92,’93 相模鉄道、横浜市営地下鉄

横浜を走る二つの路線です。

ギャラリー電車。海老名にて(92/6/9撮影)。

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こちらもギャラリー電車。横浜にて(93/11/29撮影)。

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横浜市営地下鉄ブルーライン3000系。あざみ野にて(93/8/7撮影)。

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2013年5月20日 (月)

’93 会津鉄道

乗車していませんが、日帰り旅行中に見かけた会津鉄道のDCです(93/1/14撮影)。

会津若松にて。

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50系客車もなつかしい。

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2013年5月19日 (日)

’92 京福電鉄福井支社(三国港)

三国芦原線の終点、三国港です。東尋坊(自殺の名所)へはここからバスに乗らなければなりません(92/7/13撮影)。

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元南海のモハ3000形。

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こちらは車内の様子です。

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東尋坊へのバスは一時間に一本です。

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東尋坊タワーから下の土産物店と京福バスを撮る。ワムを利用した倉庫も見えます。

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2013年5月18日 (土)

’92 京福電鉄福井支社(西別院、田原町)

宿泊した宿の最寄り駅が西別院でした(92/7/12撮影)。田原町は三国芦原線の中間駅で、福井鉄道福武線との接続駅です(92/7/13撮影)。

西別院の簡易な造りの駅舎。

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田原町も簡素な造りの駅でした。

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三国港行きのモハ3000系(元南海)。

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こちらは駅前に停車していた福井鉄道のバスです。

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2013年5月17日 (金)

’92 京福電鉄福井支社(永平寺線)

えちぜん鉄道に引き継がれずに廃止となった永平寺線です(92/7/12撮影)。

正面衝突事故で廃車となったモハ251。東古市にて。

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モハ251の車内。

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車内より諏訪間駅を望む。

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永平寺線の車窓。

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永平寺駅の駅舎。

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苔むしたホーム。向こう側は使用されていなかった。

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待合室にあったバス案内図。

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駅舎の外に掲げられていた案内板。行きのバスは永平寺の門前まで直通しますが、帰路は永平寺駅からの乗車になります。

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2013年5月16日 (木)

’92 京福電鉄福井支社(勝山 その2)

勝山駅前に発着するバスを撮影しました(92/7/12撮影)。

「国鉄」の残照が見られました。

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方向幕をJRに直さずに使用しています。

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時刻表も路線図もなく、地元の人しか使いこなせないのではないかと思いました。

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きれいな花が咲いていました。

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2013年5月15日 (水)

’92 京福電鉄福井支社(勝山)

越前本線の終点、勝山です(92/7/12撮影)。

駅前には商店の類が何もなかった印象があります。

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こちらはホーム側から見た駅舎。

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廃止されるのではないかと言う情報がこの頃からありました。

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駅前の観光案内板。

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いかにも模型で再現できそうなタクシー会社の車庫。

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九頭竜川の対岸に渡ると商店街がありました。

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2013年5月14日 (火)

’92 京福電鉄福井支社(福井 その2)

まずは越前本線の勝山行きに乗車しました(92/7/12撮影)。

福井駅のホームでの撮影です。

モハ2204(左)とモハ2108。

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モハ2204の正面。中間車を先頭車改造したようなお面です。

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こちらは反対側です。

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バックミラーに写る筆者です。サムライZ2で撮影しています。

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モハ2204の運転室。

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モハ2204車内の運賃掲示板。

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モハ2204の車内。

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2013年5月13日 (月)

’92 京福電鉄福井支社(福井)

第三セクターのえちぜん鉄道に転換される前、廃止が危ぶまれていた京福電鉄に乗車しました(92/7/12撮影)。

京福電鉄の福井駅は、JRが表玄関とすれば、勝手口とでも言うべきこじんまりとしたものでした。

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まだ小荷物の取り扱いがあったようです。車両は第三セクター風塗装のモハ2201。この車両は二度目の正面衝突事故(01/6/24)により廃車となりました。

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毎時2本の列車が設定されていました。

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ワンマン電車運転のお知らせ。

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跨線橋より。モハ2107(左)とモハ1102。

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2013年5月12日 (日)

’92 関東鉄道(取手駅列車暴走事故)

ブレーキが利かなくなった列車(4両編成)が取手駅の終端部を超え、駅ビルに突っ込んだ事故です。事故の翌日に取手駅ホーム上では警察による現場検証が行われていました(92/6/3撮影)。

取手駅は島式ホームで、列車暴走の起きたのは8番線側です。翌日は7番線側のみを使って平常運行されていました。

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事故のお詫びの張り紙。

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終端部寄りは立入規制が行われており、駅ビルに突っ込んだ車両そのものは見ることができませんでした。写真は3両目(キハ804)から駅ビル方向を見たところです。

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3両目(キハ804)と4両目(キハ805)の連結部分。

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警察による現場検証。

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最後尾4両目のキハ805。この事故を起こした編成の3両目キハ804と4両目キハ805の2両が、鉄コレで製品化されていることに気づきました。旧塗装時代をプロトタイプとしているものの、縁起でもない、よく商品化できるものだと感じるのは筆者だけでしょうか。

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2013年5月11日 (土)

’92 総武流山電鉄

元西武の車両で占められています。馬橋駅で撮影しました(92/5/17撮影)。

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ホームにはきれいな花が。

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2013年5月10日 (金)

’91 蒲原鉄道(保存車)

蒲原鉄道の村松から先の廃線区間にも足を踏み入れました。積雪のため廃線跡はよくわかりませんでしたが、保存車両モハ11の撮影を行いました(91/1/14撮影)。

雪に覆われ、痛みも激しく長期間の保存は難しいと感じました。

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2013年5月 9日 (木)

’91 蒲原鉄道(村松車庫)

村松の車庫でも撮影しました(91/1/14撮影)。

木造の好もしい車庫です。鉄コレで製品化されたものを見ると、この車庫を思い出します。

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モハ71は手入れも行き届いていました。

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モハ41の横に停まっているのは社員の通勤用の車でしょうか。クラシックな電車との対比が現実を暗示しています。

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一番右の車両は廃車体で、倉庫として使われていました。

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左からモハ41、モハ31(さかな電車)、モハ12(廃車体)。

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2013年5月 8日 (水)

’91 蒲原鉄道(今泉~村松)

新潟市内では積雪はなかったものの、蒲原鉄道の沿線ではかなりの積雪が見られました(91/1/14撮影)。

今泉~村松間にて。

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今泉~村松間にて。

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以下、村松にて。

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朝夕の増結用として使用されていたクハ10。元国鉄の気動車です。

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2013年5月 7日 (火)

’91 蒲原鉄道(五泉)

新潟交通と同じ日に訪問しました。21世紀まで走り続けると思っていましたが、施設の老朽化により経営に見切りをつけ、’99に廃線となりました。半年前には新潟交通電車線も全線廃止になっております。この二社は双子というわけではありませんが、きんさんが亡くなって生きる気力をなくしたぎんさんが後を追うように亡くなったのを思い出すのは私だけでしょうか(91/1/14撮影)。

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2013年5月 6日 (月)

’92 上信電鉄

サークルの仲間と日帰り小旅行しました(特記以外92/8/23撮影)。

下仁田駅前で記念撮影。

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以下、下仁田にて。正面にナンバーが記載されていないため、形式は不明です。

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人気者の凸形電気機関車デキ1です。

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貨物輸送がまだ残存しており、有蓋車テム10が留置されていました。

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こちらはS.Hさん撮影です(高崎にて。70年代後半撮影)。

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2013年5月 5日 (日)

’90 富山地方鉄道

私にとって知識がほとんどない鉄道です。撮影ポイントを案内してもらいました(90/8/25撮影)。

富山にて。女性の改札員だったのを覚えています。

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稲荷町のホームより。元名鉄の14710形です。

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稲荷町のホームより。14710形でナンバーは左からモハ14715+クハ15でした。

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稲荷町のホームより。14760形で左からモハ14773+モハ14774+クハ175(?)です。

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稲荷町のホームより。デキ12021と砕石散布用の貨車。

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南富山付近にて。クハ174ほか2連。

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サビサビの機関車です。おそらくは廃車になったものと考えられます。南富山車庫にて。

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貨物郵送はもうやっていなかったと思われますが、有蓋車がありました。右は軌道線用のデ7007です。南富山車庫にて。

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2013年5月 4日 (土)

’91 天竜浜名湖鉄道

一回限りの訪問ですが、新所原から掛川まで全線に乗車しました(91/7/27撮影)。

いずれも掛川にて。

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2013年5月 3日 (金)

’91 福島交通、阿武隈急行

福島交通飯坂線を訪問しました(91/7/29撮影)。

飯坂温泉にて。

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以下、福島にて。7107+7208の編成は2001年4月8日におきた福島駅駅ビル衝突事故により廃車となりました。1992年6月3日に関東鉄道取手駅で起きたのと同様な事故があったとは、後日知ったことでした。

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左はホームを共用している阿武隈急行の車両です。

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2013年5月 2日 (木)

’90 茨城交通

日立電鉄と同じ日に訪問しました(90/1/2撮影)。

すべて那珂湊駅構内での撮影です。雑多な気動車、機関車、貨車が並んでいます。

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元留萌鉄道のキハ1103。

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ステンレス製気動車ケハ601。

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ケキ103。

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2013年5月 1日 (水)

’90 日立電鉄(その2)

沿線での撮影も行いました(90/1/2撮影)。

常北太田~小沢間にて。

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モハ9。常北太田~小沢間にて。

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小沢にて。

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U.Tさん撮影。撮影場所及び年月日不明。

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モハ1301。大甕にて。

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モハ1301。大甕にて。

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